私のジーザスライフハウス経験 – Brother Z

[元JLH東京のワーシップチーム・リーダー]

なんていうことだろう・・・。私は確固とした信仰を持ったクリスチャンで、クリスチャンの妻と結婚しています。東京に来る前はニュージーランドの素晴らしい教会に通っていて、今でもその教会と定期的に連絡をとっていることを知っておいてください。東京に来た時は24歳で、私は男性です。とても長い投稿になるので気をつけてください。

私は、2009年の8月、東京にプロミュージシャン(主にドラマー)としてのキャリアを追い求めてやってきました。私の姉(訳註:もしくは妹)がすでに東京に来て4年間住んでおり、メジャーレーベルと契約していました。その彼女が彼女の通っていたジーザス・ライフハウス東京を私に紹介しました。その時、私には日本人の知り合いがほとんどいなかったので、姉に”L”を紹介されました。「ああ、彼もニュージーランド人だから彼のライフグループに入ればいいわ」。こんな感じでした。その時点では、それは良いアイデアであるように思いました。しかし彼がたったの19歳で、他のメンバーたちも大体同年代で、その全てが「ベイビー・クリスチャン」であるようなことをよく知りませんでした。彼らがライフグループで話すことは、私の状況は全く関係がなく、とても疎外感を感じるようになりました。話を短くすると、私は彼らの歳が若すぎること、また、Lや他のメンバーたちの状況とのあまりの違いに、そのライフグループを離れました。

その後、JLHで私についての嘘の噂が出回っていたために、一月の間参加するのをやめました。自分のライフグループでの経験が危険信号であることは感じていましたが、戻ってもう一回チャンスを持ってみようと思い、他のリーダーのライフグループに参加しました。そしてJという人のライフグループに参加しました。彼は、実際私のとてもいい友達で、いまでもその関係は続いています。彼は素晴らしいライフグループリーダーで、賢い友人でした。

2009年の終わりに、私はそこでワーシップ・チームに参加しました。特に私が多くを学んだ素晴らしいミュージシャンのいる教会にいたために、プロミュージシャンとして正直に思いましたが、彼らのスキルはとても残念なものでした。しかし、その感想をひとまず置いておいて、「この人達に何かを教えることができるだろう」と自分に言い聞かせました。これは私にとってのJLHでの経験を良い方向へ変えようとしていました。私は主任牧師のRod Plummerと関係を作り始め、私のFacebookにはチャーチの友人が増えていきました。

そうして2年半が経ちました・・・

2012年の初め頃でした。私は「ゴスペル・バンド」の公式なドラマーとなりました。この時、私はすでに結婚していました。普段から礼拝でドラムを演奏し、チャーチで歌われていた曲のドラムパートのオンライン・チュートリアルを作っていました。多くの時間がかかりましたが、私がそのような奉仕をするのは良いことだと思いました。私はチャーチで唯一それができる人間だったので、時間を投資することを惜しみませんでした。そして、音楽ディレクターのDはそれをとても喜んでくれ、私は彼やキーボードを演奏していた彼の妻といい関係を持っていました。友達がたくさんでき、とてもいい時間を過ごしていました。私はLともいい時間を過ごしました。妻には多くの友達がができ、彼女はキッズ・チャーチのリーダーでした。すぐにDから、「ドラム・リーダー」にならないかと言われ、私はその申し出を受けました。しかし、どの楽器にもそれぞれのリーダーがいることは妙なことだといつも思っていました。この時期は私にとって、チャーチの外での音楽活動がとても忙しくなり始めている頃でもありました。

とにかく、このような上向きの状況は、チャーチで私と妻に忍び寄っていることのほんの始まりに過ぎませんでした。多くの人びとがジーザスライフハウスで様々な経験をしたようですが、私達の経験は次のようでした。

2012年の3月、妻はDJと呼ばれる人がどのようにキッズ・チャーチのディレクターになったのか話してくれました。彼について説明させてください。彼がジーザスライフハウスに来始めたのは2010年の中頃から終わり頃だったと思います。彼は典型的な、「俺はドラッグに浸って、いつも女と寝ていた。パーティー三昧の日々を過ごして、できることは何でもやった」のようなことを言いふらす男性のようでした。彼はチャーチに来るやいなや再び救われました(以前はクリスチャンでしたがバックスライド(訳註:キリスト教信仰を失うこと)したのでしょう)。興味深いことが起こります。彼がチャーチに来て2、3ヶ月後には説教の通訳をするようになりましたが、それは不自然でなことで、さらに良くなかったのは、彼は通訳をしている時に説教者であろうとしていたことです(訳註:原文のTriesteの意味がわかりませんが、大体このような意味だと思います)。

彼はみんなの注目を引いてスターになろうとしましたが、それは公正なことではありませんでした。そして、妻と私だけがこれが理屈の通らない状況であると見抜いているように感じました。なぜなら、「DJがいいやつだから、みんな彼が大好き」で、彼が自分が何をしているのかさえわかっていないことは問題とされなかったからです。彼はまたひどく自己義認的で、JLHに来始めて間もないにもかかわらず、Aという名前の女性と結婚しました(このことに私は身震いするほど恐れを感じます)。Aは妻の友達で、彼は彼女にプライベート・メッセージを送るのではなく、彼女のFacebookのウォールに”すべての人たち”に見えるように愛のメッセージを書き込み続けていました。私を含めて多くの人が困惑し、彼がそのことを見せびらかしているのではないか・・・??、と感じて私達は単純に苛立ちました。まあ、彼が本当にそう思っていたのかわかりませんが、それは本当に悪趣味で、吐き気すら感じました。最終的に私は彼をニュースフィードから隠しました。彼の愛のメッセージが自分のニュースフィードにスパムのように投稿されていたことにうんざりしたからです。

本題に戻りましょう。彼はキッズチャーチのディレクターになりました。なんという奇妙な決定でしょう。DJがいつキッズチャーチに関わったのでしょう?一度もそんなことはありませんでした。では、なぜ彼はキッズチャーチのディレクターになったのでしょう?その理由を知ることは無いでしょうし、気にする必要もないと思いますが、多くの人びとがキッズチャーチを一番に気にかけ、関わっていたことは言っておかなければなりません。そして、その人たちは A) 彼よりも経験があり、 B) その場を彼よりも求めていて、 C) 彼よりもディレクターにふさわしい人々でした。にもかかわらず、なぜ彼が選ばれたのでしょうか?そもそも、なぜキッズチャーチになんの関わりもない人が選ばれたのでしょう?この成り行きは私の妻を息が詰まるほど心配させ、私に疑問と危険信号がよみがえってきました。私たちは妻のために、またJLHの将来を案じて祈り始めました。

一ヶ月か二ヶ月が過ぎました。私達は、良い友だちであったNとTがジーザスライフハウスの支部を作るためにニュー・デリへと引っ越すことを聞きました。彼らを思ってとても寂しくなりました!とにかく、何かが起こりました。友人であり、ライフグループリーダーであったJがJLHを離れることにしたと聞きました。それは大変思いがけないニュースでしたが、私は何かが悪くなっていると感じていました。そのことについてはまだ続きがあります。Sという男性がいて、彼がJに代わって私のライフグループリーダーになりました。彼が私のリーダーになった顛末はまた興味深い話です。彼がそうするように周りのリーダーたちは圧力をかけました。私は「まあいいか・・・」と思いました。そのことをそんなに気にする必要はないと思ったのですが、すぐにそうするべきだったと後悔しました。

2012年6月になり、次に起こったことは素晴らしい副牧師であったRyutaが突然彼の家族を連れてジーザスライフハウスから離れたことです。大きな発表も、送別会も、その理由の説明も、何一つありませんでした。多くの人々がそのことについて話し、うわさが巡り巡っていました。ゴシップもたくさんありました。この教会で特に嫌なことをひとつ上げるとすれば、それはゴシップです!

彼らが離れることでとても大きな衝撃を受けました。しかし、そのこととは別に、私たちは彼らとその子供たちと良い関係を持っていたので、彼らが教会を離れることで人々から拒否され、友情を打ち切られたひどく恐ろしい話を聞きました。私や他の”だれでも”それがどれほど一重に恐ろしいものであったか答えることができます。そして、それは本当にあったことです。私が聞いたことによれば、RyutaとRodはチャーチのDNA(訳註: ライフハウスでは企業経営に使われる言葉が好まれますが、このDNAも同様です)について同意できないいくつかの点があったようです。Ryutaは彼独自の教会を始めたいとも思っていましたが、それはJLHの元でではありませんでした。

2ヶ月がすぎ、ライフグループリーダーのSのことが嫌になり始めていました。彼のやっていたことは、チャーチの教材をただなぞるだけで、彼独自の経験や洞察について話すことはありませんでした。すべての集まりがただの繰り返しのようでした。”一分間ジャーナルについて話して、もう一分間で一週間のハイライトを話してください” すべての集まりがそんな感じでした。とてもひどいものでした。とても退屈な、そんなに良くないライフグループリーダーでした。すべてを義務感から行い、それを楽しもうとしていませんでした。それは置いておいて、あるとき私達はチャーチのワーシップチームのリーダーミーティングを持っていました。このミーティングの話題の一つは元副牧師であるRyutaでした。Dは「Ryutaは最近新しい教会開拓のことを含めて、多くの投稿をFacebookに載せている」というように言いました。

その後、彼が言ったことにとても警戒しました。「この教会の人たちに彼の投稿に『いいね』してほしくないから、そんなことはしないでくれ」と言われたのです。なぜその時、彼に直接言わなかったのだろうと思いますが、その時言うべきだったのは「なぜですか?馬鹿げています。チャーチのリーダーであってもソーシャルネットワークで『いいね』してもいいこと、悪いことを指図することはできません。」しかし、ミーティングに出席していたすべての人がDに賛成しているようだったので、そんなことは言えませんでした。Dは彼が新しい教会を始めようとしていると言いましたが、妻と私はその時にはまだそんな計画はなかったと知っていました。ですから、彼ら(少なくともD)は傲慢にも、不合理なことを言う前にちゃんと調べていなかったのだと思います。そして、このような馬鹿げた出来事はそれで終わりませんでした。

2012年の8月になりました。良い友人であったNとTはデリに向けて出発し、みんなでお別れをし、送別会も行いました。彼らが発ってから2週間後、教会の誇り高い後援者(訳註:多額の献金を行っている人)であるA.W.が次のような発表を行いました。「残念なことに、ニューデリのジーザスライフハウスについて悪いニュースが有ります。Nがニューデリでの生活に馴染めなかったので、NとTは東京に戻ってきます。」これが彼の言ったことの全てでした。妻と私は何が起こったのか心配でした。彼らと連絡を取ろうとしましたが、できませんでした。このことで私がとても奇妙に思ったのは、A.W.のアナウンスのあと誰も、本当に”誰も”彼らについて話さず、彼らのことは話題にも登らなかったということです。それは奇妙で残念なことでした。彼らの良い友だちたちでさえ何も言いませんでした。NとTはみんなから追放され、排除されたようでした。一体どういうことでしょう???

およそ一ヶ月後、NとTが東京に戻ってきました。私と妻は彼らと一緒にランチに行きました。彼らに何があったのか聞きました。Nが言ったのは、ニューデリで普通に生活できるだけの仕事を見つけられず、両親が病気になって経済的に困難になった、ということでした。それはもっともらしい理由でしたが、彼らが何か重大なことを隠していることは明らかでした。彼らが真実を話せばトラブルに見舞われるようにすら思えました。とにかく、私達はそれ以上聞くことはしませんでした。彼らはその時、東京で別の教会を探していました。

それはともかく、定期的に開催されるカンファレンスの時期が近づいており、チャーチでのオープニングの音楽について良さそうなアイデアを思いついていました。それをDに共有しましたが、彼は柔らかく断り、それはとても残念なことでした。そして、2012年の11月になりました。カンファレンスの時期です。私が落胆したのは、私達の開会の演奏は前回のイベントのリサイクルで、新しい挑戦やミュージシャンの成長のない、明らかな怠慢だったことです。その演奏を確実に良い物にしたに違いない私のアイデアが考慮に入れられることすら無く、ゴミ屑のような演奏に取って代わられたことに、私は大変怒りました。チームの他のメンバーたちは、世界中の他の教会やミュージシャンがやっていることからインスピレーションを受けることは無いのでしょうか?

次の年になりました。私と妻が教会を離れようとしていた時に、最後のゴミ屑の山のような出来事が起こりました。そのとき、私の音楽人生はとても多忙になっていました。妻は妊娠し、より大きな家へと引っ越すことにしました。その時、日曜日が唯一の妻と一緒に休暇をとれる日だったので、日曜日に引っ越しをすることにしました。Dに言って、その日が一日中引っ越しでワーシップチームで演奏できないと伝えました。引っ越しを終え、次の日曜にチャーチに行くと、Dは「君と話さなければならないことがある」と言ってきました。私が連絡していたにもかかわらず、彼が私に説教してきたのは、日曜日に少なくとも一回は礼拝に出るように努力しなければならない、ということでした。私は、彼にその日が引っ越しで忙しかったことを説明して理解を求めましたが、彼はそれを完全に無視して「次はもっと気をつけるように」と言いました。私の中で激しい怒りが燃え上がりました。

2013年の2月になりました。私は日本人ポップシンガーの倖田來未のバックバンドとして、様々なテレビ番組で演奏する仕事を受けました。倖田來未はその”セクシー”さでいうと日本のブリトニー・スピアーズのような人です。Dを含めてチャーチのいろいろな人にそのことを話しました。テレビで彼女の後ろで演奏するから、良かったら見てほしいと言いました。彼らはその一つ、もしくはすべての彼女との演奏を見ました。次の日曜日が私と妻にとってチャーチでの最後の日になりました。ライフグループが始まりました。そうです、Sはまだ私のライフグループリーダーでした。どうしてこれほど彼と長く一緒にやれたのかわかりませんが、他のメンバーたちが集まる前に、SはDから連絡を受けて、私が時々ビキニしか着用しないことで知られる日本人の世俗歌手のために演奏したことを聞いた、と言いました。私の笑顔は消え、「一体どういうことだ!!?」というような顔になりました。DやSだけでなく、Rod牧師を含めた多くのチャーチのリーダたちが、影で「私の行動を心配していた」ということが明らかになりました。

つまり彼らは、私の成功を喜び、多くの音楽の仕事ができることを喜んでくれたのではなく、倖田來未という特定のポップシンガーのために演奏していることをとても心配に思っていたのです。彼らはこのことがどういうわけか、ベイビー・クリスチャンたちに良くないイメージをあたえ間違ったアイデアを植え付けると思っていたようです。言わせてください。これは本当に馬鹿げたことです。最も良くないのは、彼らがそのことについて直接言ってくれるのではなく、私抜きで話し合っていたということです!(訳註:聖書にはこのようなことはするべきでないと書いてあります(マタイ18:15))とても、とても、腹立たしいことでした。でも、それは一番重要なことではありません。Teddy Campbellというクリスチャンのドラマーがブリトニー・スピアーズのために演奏していることを知らないのですか?アッシャーのために演奏しているAaron Spearsがクリスチャンであることを知らないのですか?知っている人も知らない人もいると思いますが。

重要なのはそれがミュージシャンとしての「彼らの仕事」であるということです。そして倖田來未のために演奏するのは「プロフェッショナル」としての「私の仕事」ではないですか?もしあなたが大工なら、ノン・クリスチャンや無神論者のために家を立てるのを拒んだりしますか?そんなことはしないでしょう!!これが重要なのです。チャーチの人々はそれが仕事であるということを理解しません。倖田來未と会うことはめったにありませんでした。Sは私にそのような仕事を二度と受けてはいけないと言いましたが、それは馬鹿げたことでした。彼は「君の奥さんはどう思うのかな?」と言わんばかりでした。彼がそう言うのは、まるでくその山の頂上の飾り付けでした。私は彼に激怒しました。私の妻が思っていたのは、「やった、私の夫がテレビで倖田來未の後ろで演奏している!」ということでした。彼女はサポートしてくれたのです!彼女がそうしないはずがありません。仕事量の割に報酬が良かったのです!Sよ、くそをくらえ(訳註:過激な表現で恐縮ですが彼の怒りが伝わってきます)、そして、そんなことを言う前に自分が何を言っているのか考えてください!

その夜、教会での後、Facebookに投稿することにしました。どのような感じであったか明確に覚えていませんが、こんな感じでした。「クリスチャンのミュージシャンがいれば聞いてください。私は東京でブリトニー・スピアーズのように”露出の多い”ことのある女性歌手のために演奏する仕事のオファーを受けました。どう思いますか?私のライフグループリーダーはそれは良くないことだと言っていますが、みなさんはどう思いますか?」
これが彼を慌てさせ、どのようにしてかはわかりませんが、この投稿がJLHのリーダたちの怒りに火を注いだことは明らかでした。何がおかしいかわかると思いますが、彼らの誰一人として、それの何がどのように間違っているのか説明してくれなかったのです。私の投稿には多くのコメントがつけられましたが、JLHの人からの「いいね」は一つもありませんでした。しかしNは「いいね」してくれました。多くのコメントは、「ああ、それが君の仕事だろう?」とか、「イエスさまは取税人と関わりましたよね?」というものでした。とても簡単な事です。

ニュージーランドの教会の友人たちも、牧師を含めて私の肩を持ってくれました。ところで、Sはこのようなメールを送ってきました。

“ 親愛なるZへ、

お元気ですか?

チャーチの別のリーダーが昨日のあなたのFacebook投稿について私に連絡してきました。そのことについて私達は話さなければなりません(これはあなたの演奏のことについてではなく、Facebookの投稿だけについてです)。

投稿の中であなたが取り上げた質問は、私達の教会やリーダーたちに対するネガティブな印象を広めました。あなたがクリスチャン・ミュージシャンとしてどのような活動をするべきなのか意見がほしいなら、単純に「クリスチャン・ミュージシャンが持つべき境界線はなんだろうか」と問うて見ることです。

マルコ3:25は、「また、家が内輪もめをしたら、家は立ち行きません」といっています。

あなたは、しばしば私達の教会のためになっておらず、Facebookで私達に歯向かいます。弱いクリスチャンや、ノン・クリスチャンがそれを読んだらどう思うでしょう?彼らはつまづきかねません。あなたが気にかけてくれるなら、投稿を消すか適切に編集してください。

この事について、今週の日曜に電話で話しましょう。

神の祝福がありますように
S.”

このメールの主要な点は、彼が”私が教会やリーダーについてネガティブに言っている”と言う表現です。また、私が弱いクリスチャンをつまずかせるだろうということに、混乱させられました。何をどうすれば、あのFacebook投稿でそのようなことが起こるのでしょう?そして、彼が「クリスチャン・ミュージシャンが持つべき境界線」に収まるように投稿を編集するように言うのも馬鹿げたことです。私は納得できず、Sが自分が何を話しているのか分かっておらず、他人の感情について気にしていないことがまた明らかになりました。彼が気にするのは何人かのライフグループリーダーたちだけです!
この投稿についての馬鹿な騒動のあと、NとTとまたランチを取りました。私達は自分たちの状況を話しました。

ここからが本当に興味深いところです。NとTが何かを隠していると言ったのを覚えていますか?今、このことが明らかになります。Nが話してくれたのは、彼らがデリを離れることになった理由には、彼ら自身の状況だけというよりもJLHそのものが関連していました。Nがデリを離れようと決めたとき、Tはどうやらそれを好ましく思わず、Vivian (Rodの妻)にアドバイスを求めて連絡しました。そして、どうやら Tが返信に受け取ったメールは単に「私達はあなたたちを助けたくありません」というものでした。

そして、Tは目を覚ましました。Nはまた次のことを話してくれました。JLH香港の牧師が、彼のチャーチのメンバーと婚約を結んでいましたが、婚約を解消することになってしまった時、Tが牧師の婚約相手の仲の良い友人だったので、Rod Plummerは彼女に汚れ役をやらせ、婚約相手をチャーチから追いだしてしまったそうです・・・。なんということでしょう・・・。これはカルトのやることではないですか?Tはそんなことをしたくありませんでしたが、どうやらそうせざるを得なかったようです・・・。彼女たちの友情はそのあととても気まずくなりましたが、今は回復しているようです。Nのとても仲の良い友達であったKは、Nに電話し、友人関係を解消すると言ってきました。おそらく、Nが私のFacebook投稿に「いいね」したからでしょう。RodがKに、彼がリーダーを続けたいならそうするようにと言ったので、Kは間違った選択をし自分のために勇気を出すことをしないで、Rodの言いなりになってしまったのです。どれほどの邪悪な行いでしょうか・・・?Kに対してとても失望しました。彼がそのようなことをするほど愚かでは無いと思っていました。JLHの腐敗についてNとTが教えてくれた多くの事実(そして、どうか私を信頼してください。それらのすべてが真実で確かな情報源があります)に私達は涙しました。

私達がそのチャーチに足を踏み入れることは二度とありません。SHという素晴らしい私の友達がいます。一緒に遊び、音楽ライブに行き、バンドで一緒に演奏もしました。しかし、最近彼が私達はFacebookで同じ写真にタグ付けされないほうがいいと言ってきました。なぜなら、JLHのリーダーたちは皆、「おい、君が誰か知らないやつとつるんでいるのを見たぞ」という感じだからということです。このことを考えるだけで胃が痛くなるのを感じます。

結論です:

このチャーチには、賢く、経験を積んだリーダーたちが必要です。リーダーになりたくてたまらない、20代後半やそれ以上の人たちには響かない説教しかできない若い人々の代わりに、そのようなリーダーたちが必要なのです。

チャーチのリーダーたちは支配欲に狂っています。これをやめなければいけません。

ロド・プラマーはとても自信に欠けた不安定な牧師です。彼はJLHを離れた人々を、彼が「祝福を与えた」人々であるにもかかわらず、彼のFacebookフレンドから一人残らず削除しています。

ワーシップチームにはいいミュージシャンが必要です。そして、彼らは新しくチームに加わった人を尊重し、そのアイデアを活かす必要があります。

誰かに問題があるなら、実際に直接話してください。すべてのリーダーたちに彼の問題について告げ口しないでください・・・

電子レンジでチンするようにリーダーを作ることはできません!彼らには経験と時間が必要なのです!

掲載元: http://www.fujishimaitsuo.de/2011/02/24/in-case-of-doubt-go-for-the-doubt-light-and-fog-at-the-jesus-lifehouse/comment-page-2/#comment-952
タイトル引用元: https://jlhcg.wordpress.com/2014/02/06/simon-mcdowell-my-experience-in-jesus-lifehouse/

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